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zoom RSS 刀剣の歴史のお話 平安〜鎌倉時代

<<   作成日時 : 2008/01/28 13:31   >>

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こんにちは今日のお話は平安時代からですよ。 <bd>
平安時代初期<bd>
大和朝廷は勢力拡大を蝦夷地方に求めその移動手段として、馬を使うようになり戦術も徒歩戦から騎馬戦へと移行していきます。刀剣も騎馬上で刀を打ち下ろし使い易いように、はばき元から急激に曲がった形のものが出現します。現存では「藤原秀郷」佩用の柄と刀身が一体と成った「毛抜形太刀」や平家重代の切先両刃造の「小烏丸」があります。<bd>
又、この時代刀鍛冶の在銘では最古とされる「天国」や天座、神息のなが知られています。
後期ー甲冑にも変化が見られ、堅固な大鎧が出現します。この大鎧を断ち切るために太刀は刃肉をたっぷり付け重量軽減のため、刀身の物打ちあたりから先が細く、小切先となります。<bd>
この期に「天下の五剣」に入る山城國の「三条宗近」伯耆國の「安綱」等が活躍しております。<bd>

鎌倉時代初期<bd>
壇ノ浦で平家が滅亡し「源頼朝」が鎌倉に幕府開きますが、三代で滅び北条氏が実権を握ります。しかし幕府と後鳥羽上皇との間で政権争奪が起こり刀剣の需要が高まります。<bd>
この時期の刀剣は、初期日本刀の上品な太刀姿から剛健な太刀姿に移行する過度期にあたります。つまり腰反で切先が大きく元先幅の差が無く強度が増します。<bd>

鎌倉時代中期<bd>
幕府の勝利で政治も安定期に入ります。鎌倉には全国から刀鍛冶が集まってきます。武家の
力を反映したかのように、太刀姿は腰反りから笠木反りに移行し刃肉がより一層付き「刀身の
断面が蛤形」になる。切先は猪の首となります。この期から「短刀」や「薙刀」が出現します。
<bd>

鎌倉時代末期<bd>
執権北条時宗の代に蒙古襲来があり戦闘方法が一変します。従来は一騎打ちの個人戦でしたが、蒙古軍は集団で襲い掛かってきました。この戦法に武者たちは驚きかつ衝撃でした。<bd>この戦の体験から、甲冑は大鎧から従来は雑兵が着けていた軽量で動き易い「腹巻」や「胴巻」が武将の間に普及していきます。太刀もそれに反映して刃肉が落とされ刺突に便利なように切先が伸びてきます。反りも腰反りから中間反りになります。すなわち刀姿は一見鎌倉初期に似るが、切先が伸びて反りが中間反りなので容易に見分けられます。<bd>
この時代の名工は「正宗」を頂点にする相模の国と「友成」「正恒」に代表される備前の国に
分けられます。相模の国では「新藤五國光」や「行光」等の名工が出ますが、その繁栄は長く続きませんでした。 今日はこれで終わります。次回は南北朝から戦国時代になります。浅はかな知識ですが、少しはお役に立てたでしょうか?

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