古美術・刀剣 猿投

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zoom RSS 刀剣のお話 明治時代〜現代と商品の御案内

<<   作成日時 : 2008/02/19 14:01   >>

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お立ち寄り有り難う御座います。
刀剣の沿革のお話も今日が最終回です。

明治時代
鳥羽伏見で戦端が開かれ、薩長軍が初戦を物にして官軍となり幕府軍は賊軍となりました。
勢いを得た官軍は江戸へ進軍して、上野山で彰義隊との戦、江戸城無血開城、そして奥羽列藩と会津地方を中心に戊辰戦争最大の決戦に勝利します。明治2年5月榎本武揚が函館五稜郭で降伏して戊辰戦争が終結します。この戦での武器の主役は薩長軍が装備した洋式銃
で、小銃の一斉射撃の前では刀は刃が立たなかった。明治政府は同9年に廃刀令を発布します。ここに事実上、刀と武士の世の終焉を迎えます。刀鍛冶も廃業するか野鍛冶への転業を余儀なくされて行きます。この期に不満武士の反乱が西国を中心に頻発します。同10年
2月西郷隆盛率いる薩摩元藩士が蜂起します。世に言う西南戦争です。しかし、政府軍の
圧倒的な軍事力により、西郷軍は母国の城山を枕に討ち死にします。この戦で新政府は、
抜刀隊の抜群の働きに、刀の存在価値を知らされました。そこで「月山貞一」刀匠等を帝国
技術員として東京に招き鍛刀させます。又、明治天皇は大変な愛刀家でしたので、これで
僅かながら刀が息を吹き返します。

大正、昭和時代
日本は日清、日露の戦争の勝利で軍事大国の仲間入りを果たします。昭和に入り一段と
軍事主義国化して、日中戦争を経て太平洋戦争に突入して行きます。そして軍刀の需要も高まり同19、20年頃には大量の陸、海軍の仕官が誕生して需要のピークを向かいます。
刀剣界ではそれに対応できる刀匠が足りなく、政府は鋼を延ばしただけの刀の生産を奨励し大量に生産します。これを俗に言う「昭和刀」と呼んで、本鍛えの刀と区別します。
だから「昭和刀」は現在では、美術品としての価値は無く、保存対象と見なされていません。
戦後、マッカーサーの日本占領軍GHQの政策の一つに刀剣の所持、製作が禁止されます。
しかし、当時の政府と本間薫山先生等の尽力で禁止令が廃止されます。本間先生を初代
会長として、「日本美術刀剣保存協会」が発足この団体の努力により今日に見る刀剣界の
復興が成されて来ます。
現代刀作者の中には、人間国宝に認定された優秀な刀匠も生まれ、その技量は新々刀を凌駕するまでになっています。
本日で刀剣の沿革のお話はお終いです。大まか過ぎるお話で済みませんでした。

商品のご案内
日本刀、無銘脇差「美濃関」三本杉尖り刃冴える、白鞘入り、刀剣 18万円

お立ち寄り誠に有り難う御座います。
当地の旧家の蔵出し刀剣類を何点か出品致します。この脇差は無銘ですが美濃関の特徴である「三本杉の尖刃」が冴えたお刀です。   登録証はあります。
 寸法
刃長;52cm
反り;0.4cm
元幅;2.65cm
先幅;1.96cm
元重;0.61cm
先重;0.51cm
目釘穴;2個
鍛え;板目に杢交じり
刃紋;互の目に丁子、尖刃(三本杉風)が交じる匂い出来
帽子;掃きかける。
切先;中切先、ふくら付く。
刃中の働きバッグンで棟焼きもあります。傷は、掃き裏の地に5ミリ程の鍛え割れがありますが気になるほどのものではありません。その他は地刃共健全です。時代研ぎ充分で覇気ある美濃伝を楽しめます。画像をよくご覧頂きお気に入りましたならノークレーム、ノーリターンにて宜しくお願い申し上げます。又、お刀は一品物ですのでご納得できるまで、ご質問をして頂く様にお願い申し上げます。
写真写りは、悪いですが(技術不足)実物は素晴しく何処へ出しても恥ずかしくありません。
他に数十振りのお刀を」ビッターズオークションに出品しておりますの、其方の方も覗いて見て下さいませ。
画像

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